Webデザインの仕事を受けるとき、契約書を交わさずにメールのやり取りだけで進めてしまうケースは今も少なくありません。しかし、Web制作は「どこまでやれば完成か」が曖昧になりやすい仕事であり、書面がないと修正の無限ループや報酬の未払いといったトラブルに直結します。
とはいえ、法律の専門家でもない個人が、ゼロから契約書を作るのは現実的ではありません。そこで役に立つのが、公開されている契約書テンプレートです。
この記事では、Webデザインの業務委託契約書に必要な項目、テンプレートを使うときに必ず自分で埋めるべき箇所、そしてWeb制作特有の注意点を整理します。発注する側の方にとっても、契約書の読み方の参考になる内容です。

そもそも契約書は交わすべきなのか
口約束でも契約は成立するが、証明ができない
法律上、契約は口頭でも成立します。ただし、揉めたときに「そういう約束だった」と証明する手段がありません。Web制作でトラブルになるのは、金額そのものより「作業範囲」と「完成の定義」です。ここを書面に残していないと、話し合いが平行線になります。
取引条件の明示は発注側の義務になっている
フリーランス・事業者間取引適正化等法(いわゆるフリーランス新法)により、フリーランスに業務委託をする発注事業者は、業務内容や報酬額などの取引条件を、書面または電子メール等の電磁的方法で明示する義務を負っています。
この明示義務は、発注事業者の資本金や従業員数にかかわらず、フリーランスに業務委託をするすべての事業者に適用されるとされています。なお、報酬の支払期日を、物品等を受領した日から起算して60日以内のできる限り短い期間で定めることが求められるのは、従業員を使用しているなど一定の要件を満たす発注事業者(特定業務委託事業者)です。取引条件の明示義務とは対象の範囲が異なる点に注意してください。制度の概要は公正取引委員会の情報で確認できます。
受注側から「契約書をください」と切り出しにくい場合は、「取引条件の明示が必要と伺ったので、こちらで書面のたたき台を用意しました」と伝えると、話が進めやすくなります。
小規模な案件でも簡易な書面は残す
バナー1枚のような小さな案件で、毎回15条の契約書を交わす必要はありません。ただし、業務内容・報酬額・支払期日・修正回数・納期の5点をまとめたメールを送り、相手に「この内容で進めます」と返信してもらうだけでも、記録としての価値は大きく変わります。
契約や取引条件の基本は、フリーランス向けの契約の本でも具体例とともに解説されています。雛形を読む前に目を通しておくと、条項の意味がつかみやすくなります。
Webデザインの契約書に入れるべき項目
テンプレートを選ぶときは、次の項目が揃っているかを確認してください。
| 条項 | 書くべき内容 | 重要度 |
|---|---|---|
| 業務内容 | 制作するページ数、対応範囲、成果物の形式 | 高 |
| 報酬額と支払期日 | 金額、消費税の扱い、支払時期、振込手数料の負担 | 高 |
| 納期とスケジュール | 各工程の期限、発注側の作業期限 | 高 |
| 検収 | 何をもって完成とするか、検収期間 | 高 |
| 修正対応 | 無償修正の回数、追加修正の単価 | 高 |
| 著作権の帰属 | 納品後の権利がどちらに移るか、移転の時期 | 高 |
| 再委託 | 第三者への外注を認めるか | 中 |
| 秘密保持 | 知り得た情報の取り扱い | 中 |
| 実績公開 | 制作物をポートフォリオに掲載できるか | 中 |
| 契約解除 | 中途解約時の報酬精算方法 | 中 |
| 損害賠償 | 責任の範囲と上限 | 中 |
| 協議事項・管轄 | 紛争時の話し合いと裁判所 | 低 |
とくに注意したい「検収」の定義
検収とは、発注側が納品物を確認して受け入れることです。ここが曖昧だと、いつまでも「まだ完成ではない」と言われて報酬が支払われない状態が続きます。「納品後7営業日以内に検収の結果を通知する。期間内に通知がない場合は検収完了とみなす」といった条項を入れておくと、支払いの停滞を防げます。
著作権の扱いは3パターンある
- 制作者に残す:使用許諾のみを与える形。二次利用のたびに許諾が必要になります
- 納品時に譲渡する:発注側が自由に使える形。企業案件では一般的です
- 報酬全額の支払い完了時に譲渡する:受注側にとって安全性が高い形です
3つ目の書き方にしておくと、未払いのまま制作物だけ使われるという事態を避けやすくなります。なお、著作者人格権については譲渡できないものとされているため、「行使しない」という定め方をするのが一般的です。著作権の基本的な考え方は文化庁の解説が参考になります。
デザインに関わる著作権の考え方は、デザイナー向けの著作権の本でも事例をもとに整理されています。気になる方はチェックしてみてください。
実績公開の可否を必ず確認する
制作したサイトをポートフォリオに掲載できるかどうかは、受注側にとって次の仕事につながる重要な条件です。契約書に何も書かれていないと、後から掲載を止められる可能性があります。「甲の事前承諾を得たうえで実績として公表できる」といった条項を入れておきましょう。

テンプレートの入手先と選び方
どこで手に入るか
Web制作向けの業務委託契約書テンプレートは、書式配布サイトや電子契約サービスの提供元、法律事務所のサイトなどで公開されています。ワード形式でダウンロードできるものが多く、そのまま編集して使えます。
選ぶ際は、フリーランス新法に対応した記載になっているかを確認してください。取引条件の明示事項や、育児介護への配慮、ハラスメント相談体制に関する条項が織り込まれているものが、現在の実務に合っています。
テンプレートをそのまま使ってはいけない箇所
ダウンロードした雛形には、必ず自分の案件に合わせて書き換えるべき箇所があります。
- 業務内容の別紙:ページ数、成果物の形式、対応ブラウザまで具体的に書く
- 報酬額と支払条件:着手金の有無、分割払いの割合、振込手数料の負担
- 修正回数:雛形には書かれていないことが多いため、自分で追記する
- 著作権の移転時期:「納品時」か「報酬支払完了時」かを選ぶ
- 実績公開:条項自体がない雛形も多いので追記する
- 契約期間と更新:保守契約を含む場合は自動更新の有無を決める
テンプレートは出発点であって、完成品ではありません。金額の大きい案件や、継続的な取引になる契約については、弁護士など専門家の確認を受けることを検討してください。この記事の内容は一般的な情報であり、個別の案件に対する法的助言ではありません。
相手から提示された契約書を読むときの視点
発注側が用意した契約書に署名を求められた場合、次の点を確認してください。
- 修正回数に上限がなく、無制限の対応義務になっていないか
- 検収の基準が「甲が満足するまで」といった主観的な表現になっていないか
- 著作権が制作前の段階からすべて相手に移る内容になっていないか
- 損害賠償の上限が設定されているか(無制限になっていないか)
- 契約解除の際、それまでの作業分の報酬が支払われる内容になっているか
気になる条項があれば、修正を申し出て構いません。契約書は交渉の余地があるもので、提示された内容をそのまま受け入れる義務はありません。
締結の方法:紙と電子契約
電子契約のほうが手間が少ない
電子契約サービスを使えば、印刷・製本・郵送の手間がなくなり、締結までの日数も短縮できます。原本の保管もクラウド上で完結するため、紛失のリスクが下がります。
さらに、請負契約に該当する契約書を紙で作成する場合には印紙税が課される場合がありますが、電子データで締結する場合の取り扱いは異なります。印紙税の要否は文書の内容によって判断されるため、詳細は国税庁の情報をご確認ください。
紙で締結する場合に必要なもの
取引先の方針で紙の契約書が求められる場面はまだ残っています。郵送のたびに文具を買いに走る、という悩みを避けるために、最低限のものは常備しておくと安心です。
- 角2サイズの封筒:A4の契約書を折らずに郵送できます
- 朱肉を使うタイプの認印:契約書への押印はシャチハタ不可とされる場合が多くあります
- 契約書用の製本テープ:複数枚を袋とじにする際に使用します
- A4の2穴リングファイル:締結済みの契約書を取引先ごとに保管できます
- クロスカット式のシュレッダー:不要になった控えや個人情報を含む書類の処分に用いられます
電子契約が主流になりつつあるとはいえ、締結済みの書類を整理して保管する仕組みは、紙でも電子でも必要です。取引先ごと・年度ごとに分ける運用を最初に決めておきましょう。

契約書と一緒に整えておきたい書類
提案書・見積書
契約書の別紙として添付することで、作業範囲の根拠になります。見積書に「含まれないもの」を明記しておくと、契約書本体をシンプルに保てます。
発注書・請書
継続的な取引では、基本契約書を1回締結しておき、個別の案件ごとに発注書と請書をやり取りする形が効率的です。毎回15条の契約書を交わす必要がなくなります。
納品書・検収書
納品の事実と、検収が完了した事実を残す書類です。支払いが遅れたときの根拠になります。
秘密保持契約(NDA)
案件の内容によっては、契約前の商談段階でNDAを求められることがあります。逆に、こちらから提示するケースもあります。
よくある質問
Q. 契約書のテンプレートは無料のもので大丈夫ですか
基本的な取引であれば、無料で公開されているテンプレートでも実用に足ります。ただし、自分の案件に合わせて業務内容・修正回数・著作権の移転時期などを書き換えることが前提です。そのまま使うと、実態と合わない契約になる可能性があります。
Q. 相手が契約書を嫌がる場合はどうすればいいですか
形式ばった契約書が難しければ、業務内容・報酬額・支払期日・納期・修正回数をまとめたメールを送り、相手に承諾の返信をもらう形でも記録になります。取引条件の明示は発注側の義務でもあるため、依頼すること自体は不自然ではありません。
Q. 契約書は何年保管すればいいですか
税務関係の書類には保存期間の定めがあります。契約書についても、事業に関する重要書類として一定期間の保存が求められます。具体的な年数は事業形態によって異なるため、国税庁の情報や税理士に確認してください。電子データで保管する場合は、要件を満たす形での保存が必要です。
保存期間を過ぎた控えや個人情報を含む書類は、クロスカット式のシュレッダーで処分しておくと安心です。
Q. 印紙は貼らないといけませんか
紙で作成した請負契約書は、記載金額に応じて印紙税の課税対象となる場合があります。一方、電子契約として締結した場合は取り扱いが異なります。判断に迷う場合は国税庁の情報を確認するか、税務署に問い合わせるのが安心です。
Q. 途中で作業範囲が増えたら契約書を作り直しますか
本体の契約書は残したまま、覚書や追加発注書という形で差分を書面化するのが一般的です。金額と作業内容の変更点だけを明記すれば十分です。
Q. 海外のクライアントと契約する場合はどうなりますか
準拠法と管轄裁判所をどこにするかが重要な論点になります。国内案件とは前提が異なるため、金額が大きい場合は専門家への相談を検討してください。
まとめ
Webデザインの契約書は、業務内容・報酬と支払期日・納期・検収・修正回数・著作権の帰属という6つの柱を押さえることが基本です。とくに検収の定義と著作権の移転時期は、報酬の回収に直結するため、曖昧なまま進めないようにしてください。
テンプレートは出発点として非常に有効ですが、そのまま使うのではなく、自分の案件に合わせて書き換えることが前提です。フリーランス新法に対応した記載になっているかも確認しましょう。書面を交わす一手間が、数か月後の自分を守ります。小さな案件でも、条件をメールで残す習慣から始めてみてください。



